どこまでも澄み渡る青い空。吹き抜けるさわやかな風。そして、風に乗り舞い散る桜の花びら。 すべてが光り輝いているようにも見える、素晴らしい春の陽気だ。そうだ。こうでなくちゃ困る。 だって今日は、僕の入学式なのだから。 ――いや、こう言うべきだろう。今日は彼女の入学式なのだから、と。 地面に散らばった桜の花を踏みしめ、彼女の家に向かう。 歩きながら僕は考える。 高校生になった彼女に、なんて言えばいいだろう。入学おめでとう? それだけじゃ、普通すぎるよなあ。 やっぱり事前に考えておくべきだった。彼女の家はすぐそこだ。 「あ……スザク!」 案の定、何も考えつかないうちに、彼女の家に着いてしまった。 途端に耳に飛び込む彼女の声。次いで、目に飛び込む紅。彼女の色。 彼女。カレン。紅月カレン。名前まで紅に染まったこの少女は、僕の大切な幼なじみだ。 彼女は今、三年間慣れ親しんだ中等部の制服ではなく、真新しい高等部の制服を身にまとっている。 以前の、幼さを残した桃色のワンピースもよかったけど、黄色と黒で構成された新しい制服も悪くない。大人っぽくて、かなりいい。前の制服じゃ、せっかくの紅が埋没気味だったしね。 「どうかした? スザク。ボーっとしちゃって」 「うん、制服。似合うなーって思って。すごくいいよ、それ」 「え……、そ、そう?!」 カレンは少しあわてたような感じになりながら、彼女のその髪のように、紅く頬を染める。その仕草は、まるで褒められ慣れていないかのように初々しい。 僕の幼なじみは、今日も可憐でかわいらしいようだ。 「バ、バカっ、そんなに見ないでよっ!」 パシッ。 照れ隠しの軽い平手が、僕の頬にお見舞いされる。かわそうと思えば余裕でかわせるけど、これは照れ屋な彼女の僕に対する挨拶がわりみたいなものだから、素直に受ける。痛くもないし。 カレンもこの件は特に引きずらず、そういえば、と続け、歩き始めた。 「今日はルルーシュたちのところに寄るの?」 「いや、今日はナナリーの入学式もあって忙しいから一緒に登校できないって、ルルーシュが」 「そう。やっぱり兄妹で入学式がかぶっちゃうと大変なのね」 ルルーシュ、というのは僕の幼なじみ。ナナリーはその妹で、その上には弟のロロもいる。三人兄妹だ。 僕らは、ときどきルルーシュたちランペルージ兄妹とも一緒に登校することがある。 なぜ毎日じゃないかというと、単純な話で、カレンと彼らは幼馴染ではないからだ。幼馴染どうしなのは、僕とカレン、僕とランペルージ兄妹の組み合わせだけ。なんだかややこしいけど、とにかくそういうわけで、カレンはルルーシュたちよりも僕と親しい。 というか、たぶん、カレンと一番親しいのは僕かもしれない。僕としては、カレンには、もっと友達を作ってほしいんだけど。 「……ねえ、スザク」 「なんだい? カレン」 「あなた今、すごく失礼なこと考えてる?」 「ううん、何のことだい?そんなことより、クラス替え、どうなるかな?」 アッシュフォードは基本的にエスカレーター式だから、高等部のメンバーも中等部と代替同じだったりする。生徒の間でも『転校生が多めのクラス替え、でも校舎と制服と先生が変わるから面倒くさい』という感覚しかないくらいだ。 ちょっと強引な話題転換だったけど、カレンはあっさり話題に乗ってくれた。 「そうね……知り合いが多いといいんだけど。シャーリーとか」 「それとルルーシュ。僕はずっと同じクラスだったし、今年も同じかな?」 「きっとそうじゃない? だって、あなたとルルーシュは、いわゆる腐れ縁ってやつでしょ」 カレンはそう言う。確かに、その通りだろうだと思った。 すると、僕たち二人はどうだろう。 親友同士である僕とルルーシュのように、これからも一緒にいられるのだろうか。でも僕には、カレンとの関係がルルーシュとのそれと同じだとは思えない。では、親友とは違うその関係は、絆は、どこまで強いのだろう――? 横断歩道の赤信号で一時停止。ここを渡れば学校は目の前だ。 今までずっと気になっていて、それでも訊けなかったことを、最後に一つだけ、口にしてみた。 「ねぇカレン、僕たちは同じクラスになれるかな?」 「そんなの、――――」 信号が青に変わったことを告げるメロディーが流れだし、その言葉は最後まで聞こえなかった。 校門に着くと、すでにルルーシュは腕組みをして待っていた。すでにナナリーとロロを中等部に送り届けたあとらしい。 「遅いぞ。あと7分で入場が始まる」 「7分前に到着じゃ、ぜんぜん余裕じゃないか」 「ほんと。神経質すぎなのよ、ルルーシュは」 「こういう重要な行事には、最低でも10分前に来るのが常識だ」 澄ました顔で答えるルルーシュ。うーん、休みが明けても相変わらずの完璧主義。呑気にもそんなことを思っていると、ここでルルーシュは、何かを思いついたように口を開いた。 「そういえば、入場はクラス別だったな。クラスと出席番号を把握しておく必要がある」 「ああ、そうだっけ」 「初日から遅刻というのもみっともない話だ。時間短縮のために、今から俺が教えてやろう」 優しい友人を持ったことに感謝するんだな、というルルーシュの言葉が耳に届く前に、僕たちは駆けだした。二人とも体力には自信があるのだ。もっとも、カレンは自分の身体能力を隠しておきたいみたいなんだけど――今はそんなことは全く頭にないようで、全速力で掲示板の前に駆け込んだ。 肩で息をしながら、クラス分け表に急いで目を通す。自分の名前よりも彼女の名前を探してしまっている自分に気付いて、ちょっと自分に呆れてしまった。 けれど、今回はそれがいいように作用した。 彼女の名前のすぐ近くに、僕の名前があったのだから。 「僕とカレン、同じクラスだ……」 よかった……と、心の底からの安堵。 しかし、カレンはなぜか渋い顔をしている。なぜかと訊ねてみると、 「だって、ルルーシュも一緒じゃない。あいつとあなたの腐れ縁も未だ健在、だと思うとね」 ……とのこと。 カレンはルルーシュが嫌いなのかな、と思ったけど、どうやらそれを考察している時間はなさそうだ。 新入生の整列が始まった、とルルーシュがこちらを呼んでいる。 カレンが僕の手を取る。 「ほら、行くわよ」 僕がドキリとしながらも頷くと、カレンは僕に微笑んだ。 この笑顔をずっと見ていたい。見蕩れてしまいそうになる。 でも、そんな思いに駆られたのも一瞬のことで、カレンは前を向いて走り出してしまう。 僕も慌てて、彼女のあとをついて走り出した。
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